ほかっとく
1番最後に受けたカウンセリングで言われたことがある。
「摂食障害はほかっとけ。」
(ほかっとけは、名古屋弁で、放っておく)
ほっとけるなら、ほっときたいわ!!!!
って当時の私は思いました。
だってそうじゃない?
1日中食べ吐きしていて、頭の中は食べることと、吐くことと、罪悪感でいっぱい。
それを、ほかっとけって…。
出来んわぁぁぁぁ💢💢💢💢💢
何をほかれ?
食べること?→100%ムリやわ
吐くこと?→絶対ムリやわ。
罪悪感感じること?→ムリやわ。
その当時は全部無理だった。
かといって、向き合ってもなかったんだけど。
毎日食べることと闘って、負けて、罪悪感感じて、あぁまたやっちゃった、って繰り返してた。
でも今ならあのおっちゃんの
「ほかっとけ」
は、分かる。
当時は、放っとくっていうのに、執着してた。どうやったら放っておけるのか、この気持ちをどこにもっていけばいいのか?
だから、わからなかった。
そうじゃない。ほかっとくっていうのは、
気にしない、でも
忘れろ、でも
考えるな、でもなくて、
他のところからアプローチしろって事。
自分の好きな音楽聞いたり、
ゆっくりお風呂はいったり、
好きな香りの中で寝たり、
ちょっと勇気出して言いたいこと言ったり、
そうゆう事。
最初は、そんな小さな事、意味がない。その時だけ幸せになっても、すぐ地獄が待っている、って思ってた。
確かに小さな事だから、直ぐには変わらない。けどね、今は1番それが大事だと思ってる。
放っておけない、究極の理由は
自分を愛せていないから
だから。
まぁ愛せるようになったら、病気はなくなると思うけれど、
徐々に上に書いたような小さな事を積み重ねていくと、自分を肯定していってるってことだから、過食嘔吐っていう、【本来の自分ではない行為】をしているとしても、それは、逆に放っておけるようになる。
誰かに大丈夫と、言われなくても
自分で大丈夫と、思える。
切り替えが早くなってくる。
ずっとその気持ちに流されなくなってくる。
そして、いつのまにか、止まってるんよ。
愛すっていうのは、いろんな方法があると思う。
過食しても、吐いても、いつでも、
《自分love》
ってやり方もある。
だけど、私はそう思おうとしても思っても、何だな響かなかった。
うわべだけ…って感じで、どうしても過食嘔吐に関しては、自分loveは入ってこなかった。結構やったんだけどね。
自分を許します!とか言ったり。
だから、完全に他の面からアプローチしていった。
精神的な面だから、コレという薬ってないから、ほんっと辛い。
けど、薬がないから、摂食障害という病気だけにフォーカスするのじゃなくて、
自分は何が好きか、どんなことで心が喜ぶのか、どういう風に生きていきたいのか
そんな事まで考えて、そこに向かって歩めることは幸せだと思う。
0コメント